第5回:“ローマ随一”の下町の路地裏に佇む、真珠のようなレストラン(歴史的中心街)

2015年03月20日 20:44

セイヨウキヅタが繁るパーゴラの下で、ローマの「歴史」と「いま」を味わう~Il Bacaro(イル・バカロ)~

住所:Via degli Spagnoli , 27

電話:066872554

営業時間:《11月~2月》月・水・木・金18時~1時、土・日11時~1時

     《3月~10月》月・水・木・金・土・日11時~1時

www.ilbacaro.com

 「センバツ」こと、選抜高等学校野球大会の季節が今年もやってきた。

 舞台となる阪神甲子園球場近くの鳴尾浜の桜がちょうど花開く時分で、まさに「春はセンバツから」である。

 全国紙のスポーツ記者時代、アマチュア野球担当が長かった僕は、春夏合わせて20回近く"甲子園の土"を踏んだ。「そんじょそこらの強豪校よりも出場回数は多いぞ」というのが密かな自慢である。その間、母校の試合を取材して記事にするという幸運にも恵まれた。

 甲子園球場のシンボルとして思い出されるのは、何といっても、その外壁一面を覆う見事なツタだ。

 同球場は1924(大正13)年8月に完成したが、ツタの植栽はその4カ月後に行われている。安価に見た目を向上させる策だったという。株数約430本、葉の面積は約8000畳分。以来、多くの野球選手やファンたちに親しまれてきたが、残念ながら現在その雄姿を見ることはできない。2007年秋から3年かけて球場の大リニューアルが行われた際、耐震補強工事に伴いツタはすべて伐採されてしまったからだ。

 でも心配はご無用。「歴史と伝統の継承」との改修工事のコンセプトに沿って、前もってツタから採取した種を苗木に育てる方法によって、工事完了後、ツタの再現作業が始まった。もとの姿に戻るにはまだ相当の年月がかかるというが、新たなツタはすくすくと育っている。

 さて、こうしたツタを用いた植栽は、近年、日本各地で人気となっている。

 庭や軒下などで日陰を創出する、木材や竹を格子状に組んでツタやツル状の植物を絡ませた棚もその一つ。それらは「パーゴラ」と呼ばれるが、ローマ市街を歩いているとたびたび遭遇する。それもそのはず、語源はイタリア語の「ペルゴラ(pergola)」。もともとブドウ棚を指した言葉で、それがテラスの上部に組む棚の意味となり、食事などを楽しむくつろぎの空間となった。日本では「緑廊」とも称される。

 一口にツタと言っても、日本と西欧では種類が異なる。日本に生息するツタの大半は、ブドウ科ツタ属。紅葉し冬に落葉するナツヅタで、甲子園のツタの大部分もそうだ。

 これに対してイタリアなどヨーロッパのツタは、ウコギ科キヅタ属。常緑樹でフユヅタと呼ばれる。冬でも葉を落とさないことから古来より「不死の魂」「永遠の愛」のシンボルとして重用されてきた。ポンペイ遺跡から、その葉を模した94枚飾りのついた金のネックレスが見つかっている。

 垂直な場所に這うように成長し、耐寒性があり、丈夫なことから欧州では品種改良が進んでおり、室内や外壁を飾る植物として人気が高い。夏場、灼熱のローマの下町を歩き回っていて、思いもかけずパーゴラのあるレストランやカフェを発見した時の感動は、言葉では言い表せない。

 『ローマ、癒しのスポット』第5回では、ローマに数あるレストランの中でも、素敵なパーゴラの下でくつろぐことができ、かつ観光客にほとんど知られていない、路地裏に佇む真珠のようなお店を紹介しよう。

 《Il Bacaro(イル・バカロ)》は、パンテオン、ナヴォーナ広場、モンテチトーリオ宮殿を結んだ三角形の真ん中にある。

 前回取り上げた《Biblioteca Angelica(アンジェリカ図書館)》があるサンタゴスティーノ広場の前の小道を東(モンテチトーリオ宮殿方面)へ50メートルほど進むと、スクロファ通りとの交差点に出る。交差点を左折して約50メートル直進し、最初の角を右折、さらに50メートルほど先の路地を左折すると到着する。

――と書くと簡単そうだが、これは後でグーグルマップの衛星画像を見てわかったもので、実際にはかなり道に迷ってしまった。

 基本的に、イタリアで目的地の住所にたどり着くのは簡単である。日本と違ってすべての通り(Via)に名前が付いているからだ。通りの名前は、たいてい交差点の建物の2階部分に表示されている。お目当ての通りがわかったら次は番地。通りの名前の後の数字がそうで、通りの片側が偶数番号、反対側が奇数番号となっており、それぞれ順番に並んでいる。日本よりはるかに住所探しは楽である。

 ところが、この原則が当てはまらないのが「ヴェッキア・ローマ」と呼ばれるローマ旧市街で、《Il Bacaro》のある界隈もその一つ。路地がかなり入り組んでいるのだ。

 だが、これは決して"街歩き"にとってマイナスにはならない。路地をさまよい歩いているうちに、思わぬ感動・発見に出くわすことがあるからだ。

 たとえば『トレヴィの泉』がそうだ。そこには七つの道が通じている。いずれも曲がりくねった細道で、噴水前の広場もかなり狭い。が、だからこそ、路地を抜けると突然、噴水が目に飛び込んでくる。その"意外性"が訪れる者の胸を打つ。何度訪れてもその驚きは新鮮なままである。

 《Il Bacaro》を目指して「ヴェッキア・ローマ」を徘徊している時も、下町に暮らす庶民たちの生き生きとした世界を肌で感じることができる。ローマ帝国時代から脈々と受け継がれてきた歴史の堆積、そこには"普段着"のローマが広がっている。

 ようやく路地の出口に緑が見えた。もしかして......自然と足早になる。やっぱり! 角を曲がったすぐそこがレストランの玄関だった。

 このレストランを"特別なもの"にしているのは、そのロケーションである。

 路地・小路がひしめくローマ随一の下町。警察の詰所があるコッペッレ(Coppelle)広場から数メートル先のカーブを曲がると思いもかけず、レストランの前に出る。

 四方を4~5階建てのアパートに囲まれた、谷間のような空間に、セイヨウキヅタのツル棚が鬱蒼と広がっている。その下には5台のテーブル席が配置され、和気あいあいとした雰囲気を作り出している。

 レストランの内部は狭い。20人も入れば一杯だ。天井も低め。しかし、その“控えめさ”が小粋で心地よい空間を生んでいる。

 白とグレーを基調としたシンプルな内装に、色彩豊かな抽象画が程よいアクセントを付けている。

 《Il Bacaro》は1982年の開店以来、ローマの郷土料理と幅広い種類のワインを提供する店として地元住民に愛されてきた。

 メニューはバラエティ豊かだ。人気メニューは「季節のコース」。プリモならば、シンプルなボッタルガのスパゲッティやジャコウダコ、アスパラガス、ペコリーノチーズ、揚げカルチョーフィ入りのフェットチーネ、そしてリコッタチーズ、ポロネギ、フランスパセリ、黒コショウが入ったリゾット。セコンドは肉料理が、サルビアと星形のアニセを添えたオレンジソースの子牛のボッコンチーニ、魚料理は野菜クリームソースのクルマエビが有名だ。

 日替わりのランチメニュー(Un menu' del giorno)もオススメ。前菜・プリモ・ワイン・ミネラルウォーター・コーヒーで20ユーロ。

 ローマという町同様、伝統と現代性(当世風)を併せ持つのが同店の特長である。

 ここでは“即興”で作られたメニューなど一つもない。ローマの伝統を再現するとともに、そこに新しいものを取り入れる。食材・原料は厳選され、毎朝ラツィオの海岸の船から魚介類が直送される。

 《Il Bacaro》でランチをするということは、数千年もの歴史が息づく路地裏で、あるいは一枚の絵画のようなホールの中で、ローマそのものを味わうことに他ならない。

 キャンドルの灯が醸し出すロマンチックなムードを味わいたければ、夏場がお薦めだ。それも屋外のテーブル席を早めに予約すること。席は少ないので、ほとんど予約で埋まってしまう。

 日が徐々に傾き、宵闇が少しずつ濃さを増していく中、ローマの下町を散歩するシーンを想像して欲しい。

 辺りは静けさに包まれ、街灯がともり始めて、自分が街の闇に溶けて消えていくような想いにとらわれる。まさにその時、時が止まったかのような一本の小路にたどり着く。パーゴラの下にある表玄関から、マグロの"たたき"やカモの胸肉(ささみ)といった食欲をそそるにおいが漂ってくる--。