旅の切符は片道のみ!21世紀の「メイフラワー号」~火星移住プロジェクト『Mars One』~に応募したナポリ出身のエンジニアが胸の内を語る

2014年10月29日 23:20

2025年までに人類を火星に送り込み、永住地を建設するという壮大なプロジェクトが現在、オランダの民間非営利団体『Mars One(マーズ・ワン)』によって進められている。

「片道飛行」で火星に骨を埋めるという但し書きがありながら、同プロジェクトには世界中から20万人を超す応募が殺到。昨年末、第1次審査の通過者1058人が発表され、メディカルチェックを合格した705人が近く第2次審査に臨むことになっている。

彼ら"志願兵"の中には11人のイタリア人が含まれている。そのうちの1人の男性のインタビュー記事が、コリエレ・デッラ・セーラ紙オンライン版に掲載されている。

彼の名は、ジャチント・デ・ターラント。ナポリ出身の33歳。職業は航空宇宙工学のエンジニア。

最初のミッション――実はこれが最も困難な"仕事"なのだが、彼は無事にクリアした。それは、自分が火星に向けて旅立つ最初の人類となること、そして、その旅は「片道切符」となることを、妻のアンナさんに受け入れてもらうことだった。

「宇宙船の打ち上げまであと10年ある。だから、それまでに状況が変わるものと信じている。できることならば地球に戻ってきたいから」

彼は夢想家ではあるが、プラグマティズムというものも持ち合わせている。そして、この世界の知識が乏しいわけでもない。航空宇宙工学の学位を持ち、カナダ・モントリオール大学の奨学生となり、米・カンザス大学で研究員を務めた。

現在は生まれ故郷のナポリで『Mars One』からの審査結果を待つ日々。同プロジェクトは火星を植民地化するもので、最初の乗組員(2人の女性と2人の男性)は、10年後に地球を発つことになっている(火星までは約8カ月で到着すると見られている)

「彼らが宇宙飛行士を探していることはアメリカで知った。但し書きに"片道切符"とあったけれど躊躇はしなかった」

第一次審査では、まず15項目ほどの質疑があった。たとえば「あなたにとってこれまでで最もショッキングな経験は?」との質問に彼はこう答えた。「車に乗っていた時の事故。今生きているのは奇跡だ」。続いて「60秒間のビデオレター」。その中で彼は、自分がいかに今回のミッションに理想的な候補生であるか、とりわけ、ユーモアのセンスを持っていることを審査員たちに強くアピールした。

一風変わった"出願書類"である。

「陽気であるという資質に、彼らは明らかに重きを置いている。気難しい人間を彼らは望んでいない」

オランダ人実業家、バス・ランスドルプ氏が率いる同プロジェクトは、ノーベル物理学賞受賞者のヘーラルト・トホーフトも支援している。が、問題は事業資金だ。彼らは今、スポンサー集めに奔走している(最初の打ち上げには約50億ユーロ=約7000億円が必要と見られている)。

そこで手を挙げたのが「エンデモル社」--イタリアのメディア大手「メディアセット」傘下のテレビ制作会社。「ビッグ・ブラザー」(完全に外部から隔離され 全ての場所にカメラとマイクが仕掛けられた家で、十数人の男女を長期間生活させ、彼らのプラーベート全てを放送するリアリティ番組)の制作会社である。

「彼らは第2次審査における知能テストと『敵対環境下における適合性検査』をプロデュースすることになっている」とデ・ターラントは説明する。

『敵対環境下における適合性検査』とは、まさにリアリティ・ショーのこと。火星行きの候補生たちを、宇宙空間で生活するのと同様の隔離状態に置いて人間の心理状態の変化を調査する模擬実験で、その実験の模様から各種トレーニング、火星着陸までの一切をテレビ番組でリアルタイムに放映することによって、プロジェクトの資金を得るという仕組みだ。

デ・ターラントは、こうしたビジネスモデルにいささか不審な思いを抱いている。

「僕が夢見ていたのは宇宙へ行くことであって、リアリティ・ショーに出ることではない」

とはいっても、気を抜くことはないという。

「だって、宇宙に行くのは小さいころからの夢、12歳の時、両親が僕に天体望遠鏡をプレゼントしてくれた時からの夢だったから......」

しかしながら、マサチューセッツ工科大の科学者たちの見解では、彼の夢は悪夢に形を変える危険性がかなりある。科学者たちの研究によると、火星では、いかなる人間も68日以上持ちこたえることはできないという。

そして『Mars One』では(その動機は経済的なものであると、正直に主催者側は認めているのだが)"帰りの切符"は用意していない。

「その点に関して驚きは全くないよ。自分がこれまで勉強してきて、よく理解している分野だから」とデ・ターラントは落ち着いた表情で話す。

「現状においては、乗り越えなければならない課題はたくさんある。特に問題なのは、太陽が出す放射エネルギー(電磁波)。もし、それから身を守る方法を見つけることができなければ、生存は困難である」

だから?

「(片道切符方式の人道的問題、人類が持ち込んだ細菌が火星に存在するかもしれない生命体を滅ぼす可能性がある、という倫理上の問題を別とすれば)もし望むのであれば、人類は火星に間もなく上陸するという点で、すべての専門家たちの見解は一致している。ただ、我々にないものは『Mars One』のような起業心。その他の企業や国際宇宙機関は目下、どうやったら火星旅行を成功させることができるか研究しているところだ。いま、我々にテクノロジーはないが、僕は楽観視している。10年先のことなど誰にもわからない」

--というわけで、ジャチント・デ・ターラントは火星行きを志願し、見事クルーに選ばれることを願っている。

「僕はほとんどアスリートのような肉体をしている。コンディションを維持するため、フライや肉類はほとんど食べないようにしている」

彼は妻のアンナさんと共に、事が順風満帆で進むことを確信している。宇宙飛行士としての訓練はフランスやドイツで行われることになっているが、もしそうなったらアンナさんは夫に帯同するという。

残念ながら火星には一緒行くことはできない。

いや、まだ10年もあるのだ。もしかしたら、うまく行くかもしれない--。