ある素晴らしい恋人のために書かれ、決して投函されることのなかった手紙
師走のミラノの雑踏で、道行く人にチラシを配りながら、62年前に“消えた”初恋の人を探す老人がいる。コリエレ・デッラ・セーラ紙のミラノ版で、ロベルト・リッツォ記者が伝えている。
男性は、モンツァ大通りに住むエフレム・フォントランさん、81歳。
フォントランさんが、パスコリ通りのあるダンスホールで開かれたパーティーで、「マリュッチャ」という名の女性と出会ったのは1950年。彼は19歳、彼女は20歳だった。栗毛色に波打つ髪、信心深く、少し陰のある青い瞳。内気な性格で、それまで異性に対して奥手だったフォントランさんは、彼女に「一目惚れ」した。
彼女はラツィオ大通り近くの学校で代用教員をしていた。
付き合い始めて1年ほど経った51年の初夏。彼女は他に好きな男性がいると告げると、しはらくして彼の前から姿を消した。そして、二度と現れることはなかった。
フォントランさんは、その後、数人の女性と交際し、53年に現在の妻・アンナマリアさんと結婚した。
30年にわたってタクシー運転手として働き、高度経済成長期にはカラーブリアに建築会社を設立するなど、これまで充実した人生を送ってきた。が、心の奥底にはいつも「マリュッチャ」がいた。そして彼女の存在は歳を重ねるごとに大きくなっていった。
「初恋の人」を探し出そうと決心したのは、2年前のことだ。
「私ぐらいの年齢になると、先を見ることよりも、過去を振り返るようになるんだ」
彼女の名字を思い出そうと電話帳を引いてみた。ラツィオ大通りの教区教会の司祭に助けも求めた。だが、徒労に終わった。
2週間前に思いついたのがチラシを刷って配り歩くことだった。1万枚ほど印刷して、昔彼女が住んでいた地域の道沿いに貼り付け、道行く人々に配っている。有力な情報を提供してくれた人には「それ相応の御礼」をするつもりだが、まだ誰からも連絡はない。
妻には「若いころの友人たちを探している」と言って始めた「初恋の人」探し。アンナマリアさんは“真実”に気付いたとき、「アルツハイマーにかかるよりは、この方がいいわ……」と冷静に受け入れてくれたという。
--もし、いま彼女に再会できたら、何と言うのか。
「何があったのか尋ねたい。なぜ、突然私の目の前から消え去ったのか、そしてその後のことも」
--美しい女性教師は、もうこの世にいないかもしれないが。
「もしお墓があるなら花を供えに行きたい。彼女に子供や孫がいるならば、会ってみたい」
「マリュッチャ」を想い、書きためてきた詩がある。フォントランさんは、それらを1冊の本にまとめたいと思っている。
「もうタイトルも考えているんだ」
それは、
『ある素晴らしい恋人のために書かれ、決して投函されることのなかった手紙』
(Lettere scritte e mai spedite per un grande amore)